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風連鍾乳洞

{歴史} 風連鍾乳洞は、大分県臼杵市野津町に位置する鍾乳洞で、1926年2月14日に発見されました。その美しさと学術的価値が評価され、1927年4月8日に「風連洞窟」として国の天然記念物に指定されました。洞窟は奥行き約500メートルの閉塞型で、外気の影響を受けにくいため、内部の鍾乳石は風化せず、純白に近い光沢を保っています。このため、風連鍾乳洞の鍾乳石は光沢があり、均整の取れた美しい形をしています。発見当初から現在に至るまで、風連鍾乳洞はその美しい景観と自然のままの状態を維持し、多くの訪問者を魅了し続けています。 {見どころ} 風連鍾乳洞の見どころは、その純白に輝く鍾乳石と、美しい自然の景観です。洞内は一定の温度に保たれており、夏は涼しく、冬は暖かい天然のエアコンとして知られています。洞窟内を進むと、様々な形状の鍾乳石が輝きを放ち、幻想的な雰囲気を醸し出しています。また、洞窟へ向かう遊散歩道は四季折々の美しい山々に囲まれており、春には桜や椿が咲き誇り、訪れる人々を楽しませます。洞内と外の自然が織りなす美しいコントラストを楽しむことができ、風連鍾乳洞はまさに自然の驚異と美しさを体感できるスポットです。

臼杵城跡(臼杵公園)

二王座界隈(二王座歴史の道)

野上弥生子文学記念館

大分県臼杵市臼杵浜町にある『野上弥生子文学記念館』は、 日本の小説家《野上 弥生子(のがみ やえこ)》の生家の一 部を改装して記念館として創立した施設。 フンドーキン醤油の創業家に生まれた《野上 弥生子》は、1 4歳の時に上京。明治女学校に入学。夏目漱石門下の野上豊 一郎と結婚。その後作家デビュー後は、99歳で亡くなるまで 現役作家として活躍。 日本で初めて「ハイヂ」を翻訳、「海神丸」「真知子」「迷 路」「秀吉と利休」などの名作で、女性としては2番目に文 化勲章を受章。また法政大学女子高等学校名誉校長も務め、 「女性である前にまず人間であれ」の名言を残したことでも 知られ、臼杵市名誉市民の 第一号にも推薦されたことでも 知られる。 館内では遺品、著作など約200点を展示。また幼少時代の勉 強部屋も復元。野上弥生子の足跡を辿ることができます。

臼杵石仏

{歴史} 臼杵磨崖仏(臼杵石仏)は、大分県臼杵市に位置し、その起源は平安時代後期から鎌倉時代にかけて彫刻されたと伝えられています。これらの磨崖仏は、全4群61躯で構成され、そのうち59躯が国宝に指定されています。特に古園石仏大日如来像は、その優れた彫刻技術と芸術性から高く評価されています。1952年には国の特別史跡に指定され、1995年には日本初の国宝に指定された磨崖仏として知られています。地元に伝わる「真名野長者伝説」によれば、これらの仏像は長者が亡き娘の菩提を弔うために彫らせたものとされています。 {見どころ} 臼杵磨崖仏は、その壮大な規模と美しい彫刻が見どころです。全4群にわたる磨崖仏群は、訪れる人々に深い感動を与えます。特に、古園石仏の大日如来像や山王山石仏は、その細部に至るまで精巧に彫刻されており、一見の価値があります。また、ホキ石仏第一群と第二群に属する仏像も、その歴史的価値と芸術性から高く評価されています。さらに、臼杵磨崖仏の周囲には、美しい自然景観が広がっており、四季折々の風景とともに仏像群を楽しむことができます。これらの仏像は、信仰の深さと仏教美術の高さを物語っており、訪れる人々に深い精神的な癒しと感動を与えます。

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