生麦事件発生地
碑があるのは別の場所。事件が起きたのは、この小学校裏の道端です。
位置情報
詳細説明
京急生麦駅から旧東海道を歩いて8分ほど、生麦小学校の裏手にあたる道端が、幕末の生麦事件が起きた場所です。 文久2年8月21日(1862年9月14日)の午後2時ごろ、江戸から京へ向かう薩摩藩の島津久光の行列に、横浜から馬で来たイギリス人4人が行き会いました。藩士が斬りかかり、商人チャールズ・リチャードソンが命を落とし、2人が重傷を負いました。 イギリスは幕府と薩摩藩に謝罪と賠償を求め、幕府は10万ポンドを支払いましたが、薩摩藩は応じませんでした。翌年、イギリス艦隊が鹿児島に向かい、が起こります。この戦いで近代兵器の威力を目の当たりにした薩摩は、攘夷から開国へと考えを転じ、イギリスとの結びつきを深めていきました。東海道沿いの一漁村で起きた出来事が、日本の近代の進路を大きく変えたのです。 現場には令和4年(2022年)に鶴見区が設置した案内板が立っています。事件を伝える「生麦事件碑」は、ここから離れた生麦1丁目、キリンビール横浜工場の一角にあり、明治16年(1883年)に建てたものです。
