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旧取手宿本陣染野家住宅

旧取手宿本陣染野家住宅の近くにある水戸街道、江戸時代には水戸街道は、現在の足立区千住と水戸を結んでいました。JR常磐線取手駅東口から徒歩約10分の場所に、「旧取手宿本陣染野家住宅」があります。 重厚な茅葺き屋根のその建物は、まるで、江戸時代にタイムスリップしたかのように、趣深い雰囲気です。旧取手宿本陣は、水戸街道沿いに残る本陣の中で、一番古く、一番大きく、そして、唯一、一般に公開されている本陣です。 大名が宿泊や休息した家を本陣と呼びました。 染野家は、代々取手宿の名主を勤めており、水戸徳川家から本陣に指定されました。主屋・土蔵・表門・徳川斉昭の歌碑が残っており、当時の様子がうかがえます。建物の外側に面して馬蹄型の郵便窓口跡があり、郵便創業期の姿を現在に伝える大変貴重な文化財でもあります。

キリンビアパーク取手

小堀の渡し

小堀の渡しのある利根川には、その昔取手市の南を蛇行して流れていましたが、大正9年に利根川河川改修によって、当時、地続きであった小堀地区は、取手(井野村)から分断されました。 交通の不便を感じた地域住民によって渡船場の設置が協議され、渡し舟を出したのが始まりと想定されて以来、現在に至っています。新たにJR常磐線鉄橋下の『取手ふれあい桟橋』を加え、三点間の就航となりました。情緒ある渡し船の歴史を今実際に乗る事で感じる事ができる場所となっています。利根川右岸の小堀地区と市街地を含め市域の大部分を占める左岸側を定期運航しています。一昔前は無料だったこともあり「観光目的お断り」の掲示がありましたが、現在は小堀住民以外は有料化する代わりに、観光資源として運航することになりました。

龍禅寺三仏堂

龍禅寺三仏堂は国指定重要文化財です。釈迦、弥陀、弥勒の3尊像が祭られているところから三仏堂と名付けらました。三代将軍徳川家光から寺領19石の朱印状を賜っています。三仏堂が指定されています。龍禅寺三仏堂は中世における当地方の寺院建築の特徴を伝える遺構として大変貴重なものとされています。龍禅寺三仏堂には正面三間、側面三間で左右と背面に裳階が付いています。華美な彫刻や極彩色などは用いず質実剛健的な重厚な印象を受けます。 龍禅寺三仏堂の屋根は寄棟造りで茅葺きです。内部は外陣と内陣に分かれ、内陣には禅宗様の須弥壇が置かれ、三仏堂の名称の由来ともなった釈迦如来、阿弥陀如来、弥勒菩薩の三体の仏像が安置されています。

地蔵ケヤキ

高源寺は承平元年(931年)に「相馬小次郎平将門釈迦如来之霊験」によって建立されたと伝えられています。そして将門の名跡を継いだ後の相馬七左衛門尉胤継とその後裔がこの地を治め、住職を鎌倉建長寺から招いたと言われています。地蔵ケヤキのある高源寺境内には、樹齢1600年、目通り10メートルという欅の大木があります。幹は途中で大きく枝分かれしており、そこからさらに大枝が伸びています。幹の根元のほら穴には、子育て地蔵尊が安置されており、安産・子育てにご利益があると言われ、地元住民や噂を知っている方など遠くからも多くの人が参詣します。このお地蔵様は霊験あらたかで洞をくぐりぬけて詣でれば安産疑いなしといわれていることで有名です。

長禅寺

長禅寺は取手市にあります。取手駅東口から近くの目の前にこんもりと樹木の生い繁った小高い丘の上に、平将門が祈願寺として創建したと伝えられる長禅寺があります。長禅寺は、大鹿山長禅寺と号し、臨済宗妙心寺派の古刹で、京都の妙心寺の末寺です。本尊は延命地蔵尊です。また長禅寺は、観覚光音禅師が開基した新四国相馬霊場八十八ヶ所(現在の取手市・我孫子市・柏市にまたがる札所)の発願・結願寺でです。四国相馬霊場八十八所は江戸時代、光音禅師が四国八十八ヶ所霊場の土砂を相馬地区(二里四方)の寺社境内に埋め、勧請したと言われています。歴史ある、歴史を感じる事ができる場所として長禅寺は茨城百景の一つに選ばれています。 家庭小説の第一人者菊池幽芳が、若き日に教員として赴任し、この地の乙女と恋に落ち、将来を誓いあった場所といわれます。

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