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徳之島町の他のスポット
この市区町村をすべて見る手々海浜公園
手々浜海浜公園キャンプ場のある徳之島町の北西部、天城町との境界付近の海岸一帯は、ソテツやイヌマキなど数種類の樹林が生い茂っています。ムシロ瀬と金見崎との中間地点ぐらいにある手々(てて)集落にある海浜公園です。海のそばにあるがビーチという感じではなくあくまで海浜公園。広場が主体の場所かもしれません。ただし施設は充実しており、夏場は磯遊びなんかが楽しめそうです。小さい子供から大人まで遊べるスポットです。週末は地元住民が訪れ賑わいを見せています。 手々浜海浜公園キャンプ場は一面の緑があたりの巨岩や海と溶け合い、見事な景観を呈しており、心ゆくまで自然を満喫することができます。駐車場・トイレ・シャワー・野外炉が整備されています。
花徳里久浜海水浴場
花徳里久浜は徳之島の中でも特に見晴らしのよい海岸で、晴れた日には、遠く加計呂麻島や奄美大島が見渡せます。 沖合いにサンゴ礁が発達していないので、海水浴やサーフィンにはうってつけです。トイレ、シャワー、脱衣所などが整備されています。近くにはスリバチを逆さにしたような宮城(ミヤグスク)、別名スリバチ山があります。
なごみの岬公園
亀津市街の北側。高台にある岬公園。市街からも比較的近くて車ならすぐに行ける距離です。公園は海まで降りることもできて休憩所もあり比較的快適です。 この岬には1944年に香川など四国、南九州八県出身の将兵・乗組員約4600人を乗せた富山丸が、徳之島亀徳沖で米軍の潜水艦に魚雷攻撃を受け沈没し、3724人が犠牲となった場所でもあり、岬には慰霊碑が設置されています。戦争に悲惨さを物語る場所なのかもしれません。 944年6月27日正午、鹿児島・都城・熊本や四国からの兵隊さん約3700人を富山丸は乗せ、沖縄戦に参戦するために、鹿児島から沖縄に向け出発しました。 しかしそのことは既に敵潜水艦により察知されており、翌々29日には徳之島亀徳沖にて米軍の潜水艦の2発の魚雷を受け、爆発し、沈没した。一瞬にして約3700人の尊い命が散りました。
富山丸慰霊塔
輸送船富山丸は、昭和19年6月29日に沖縄への兵力増強のため他の10隻の船団とともに南下中に、徳之島町亀徳沖合で米軍の潜水艦の魚雷攻撃を受け沈没しました。このときの犠牲者3,704人の冥福を祈る慰霊塔として建立されました。 高台にある岬公園の中にあります。市街からも比較的近くて車ならすぐに行ける距離のところにあります。 公園は海まで降りることもできて休憩所もあり比較的快適。香川など四国、南九州八県出身の将兵・乗組員約4600人を乗せた富山丸が、徳之島亀徳沖で米軍の潜水艦に魚雷攻撃を受け沈没し、3724人が犠牲となった場所でもあり、岬には慰霊碑が設置されています。戦争に悲惨さを物語る場所なのかもしれません。
