日本全国スタンプラリー

涙橋血戦の碑

西南戦争で戦死した枕崎出身の90名の薩軍兵士を供養するため、昭和2年に建てられたものです。

タグ

基本情報

位置情報

緯度: 31.559258
経度: 130.546053

詳細説明

涙橋の由来は、むかし薩摩藩処刑場がこの先の谷山二軒茶屋付近にあり処刑者と家族がこの新川にかかる橋で涙の別れをしたことからできたといわれます。 西南戦争の時、薩軍の枕崎出身今給黎久清以下213名の兵士が、武之橋・脇田方面の官軍と奮戦した所です。戦いは6時間にも及びましたが、平田新左衛門ら90名が戦死し紫原方面に退去したと伝えられています。 涙橋附近で武岡に向かう官軍と激戦をおこないました。薩軍は90名の戦死者を出し、その霊を慰めるために建てられた慰霊碑です。「涙橋決戦の碑」の脇に、「柴立」の石碑が建っています。一之宮神社秋の御神幸祭で、お旅所となっている所です。 言い伝えによると、天智天皇の一之宮姫が枚聞神社の御分霊を供奉した場所がここで、後に現在の一之宮神社の地に移転したそうです。

近くのスポットを探す