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大垣公園

{歴史} 大垣公園は、明治13年に岐阜県からの公園設立の許可により、大垣城の本丸を中心に開設されました。明治6年の公園開設に関する太政官布達第16号を受けて、市内で一番古い都市公園として誕生しました。その後、平成21年に芝生広場が改修され、現在も多くの人々に親しまれる公園となっています。 {見どころ} 大垣公園には、約200本のサクラがあり、春には美しい桜の花が咲き誇ります。遊戯広場には市内で一番大きい複合遊具があり、子どもたちに大人気です。トイレはバリアフリー対応で、親子で一緒に入ることができるほか、夏にはイルカの噴水池で遊ぶこともできます。また、芝生広場も改修され、一年中緑の芝生となっています。遊びやジョギング、休憩に最適な場所として多くの人々に利用されています。

美濃国分寺跡

大垣城

{歴史} 大垣城は美濃守護・土岐一族の宮川吉左衛門尉安定により、天文4年(1535)に建造されました。関ケ原の戦いでは、西軍・石田三成の本拠地として激しい戦いが繰り広げられました。その後、戸田氏が十万石の城主となり明治まで太平の世が続きました。昭和11年(1936)に国宝に指定されましたが、昭和20年(1945)7月の戦災で焼失。昭和34年(1959)に再建され、現在は市民に愛される大垣城として親しまれています。 {見どころ} 大垣城は全国的にも珍しい4層の天守を有し「城下町・大垣」のシンボルとして知られています。関ケ原の戦いにまつわる資料館もあり、歴史愛好家にもおすすめのスポットです。また、大垣城内には「博物館西洋館」や「歴史文化館」もあるため、一日中楽しむことができます。天守からは大垣市内を一望でき、四季折々の風景を楽しむことができるのも魅力の一つです。

大垣市郷土館

岐阜県大垣市にある『大垣市郷土館(おおがきしきょうどかん)』は、関ケ原合戦後、安土桃山時代から江戸時代前期にかけての武将《戸田氏鉄》がこの地を治めてから350年にあたる記念事業として昭和60年10月9日に開館。歴代大垣藩主《戸田公》に関連する資料を収蔵・展示する施設。 武家屋敷風の施設内には、かつて江戸時代に十万石の領主として西美濃地方を君臨した大垣藩主《戸田公》の功績がわかる資料及び、肖像画や銅像を「戸田公顕彰室」で展示。また「郷土美術室」では大垣の歴史文化風土に関する資料・美術品の展示や、ビデオを率いて地域の魅力を紹介。 他にも「朝鮮山車」の遺品等を展示する「郷土歴史室」や、サツキが咲き誇る光景が見事な「日本庭園」など、地域の歴史や魅力が伝わる施設となっている。

日本国際ポスター美術館

岐阜県大垣市北方町にある『日本国際ポスター美術館(にほんこくさいぽすたーびじゅつかん)』は、「地域の文化活性化」と「ポスター芸術の理解」を目的として活動していた大垣ポスター展実行委員会と支援する団体によって1996年に開館。世界各国のポスター約9700点を収蔵・展示する日本初の国際ポスター美術館。 館内には、1985年~日本だけでなく、ポーランド・アメリカ・ソヴィエト・フィンランド・新生ドイツ・チェコ・スイスなど国別のポスターを紹介する活動をしていた大垣ポスター展実行委員会。 活動が実を結び世界のアーティスト300人と直接交流。約9700点のポスターのコレクションを保有する規模にまで成長。季節により展覧会を企画・開催。ポスターを通して国の文化が伝わる施設となっている。

円興寺

円興寺(えんこうじ)は、岐阜県大垣市にある天台宗の寺院である。山号は篠尾山。本尊は木造聖観音菩薩立像(国の重要文化財)。西美濃三十三霊場第三十二札場。 寺伝によれば、790年(延暦9年)、美濃国不破郡青墓(現大垣市青墓町)の大炊氏に懇願され、最澄が開山したという。 1574年(天正2年)、織田信長により焼き討ちにあい、全てを焼失する。この際本尊が勝手に動き、石の上へ難を逃れたという。このことから、本尊を石上観音と呼ぶ。 1658年(万治元年)に再興され、現在地へ移転する。

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