淀殿の墓
淀殿の墓が大阪駅近くの寺にあるのは、明治の軍用地づくりで動かされたからです。
位置情報
詳細説明
大阪駅から歩いて行ける町なかの寺、太融寺の境内の西北の隅に、淀殿の墓があります。 淀殿はとお市の方(織田信長の妹)の娘で、豊臣秀吉の側室となり、秀頼を産みました。慶長20年(1615年)の大坂夏の陣で大坂城が落ち、5月8日に城内で秀頼とともに自害します。 遺骨は大坂城の外、鴫野の弁天島に葬られ、淀姫神社としてまつられていたと伝わります。ところが明治10年(1877年)、その一帯がのために軍用地となり、神社は移転することになりました。墓の部分はこの寺に移され、九輪の石塔が建てられました。その塔は、いまは六輪になっています。
知って使える知識
- 太融寺は弘仁12年(821年)に嵯峨天皇の勅願で弘法大師(空海)が開いたと伝わり、令和2年(2020年)に創建1200年を迎えました。


