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玉藻公園

玉藻よし。かつての水城に思いを馳せて。

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基本情報

位置情報

緯度: 34.350328
経度: 134.051632

詳細説明

玉藻公園はかつての高松藩主、生駒氏・松平氏が居城としていた高松城の城址を整備した公園です。「玉藻」とは柿本人麻呂が万葉集で讃岐国の枕詞を「玉藻よし」と詠んだことに因んで、高松城周辺の海域を玉藻の浦と呼んでいたことに由来しており、高松城の別名も玉藻城といいます。 高松城は1587年、讃岐国の領主となった生駒親正によって築かれました。天守は現存していませんが、北の丸月見櫓、北の丸水手御門、北の丸渡櫓、旧東の丸艮櫓などが現存し、重要文化財に指定されています。現在残されている遺構は、水戸黄門でおなじみの徳川光圀の兄にあたる、松平頼重によって改修されたときのものです。 日本三大水城のひとつでもある高松城は、かつては三重に廻らされた外濠・中濠・内濠の全てに海水を引き込み瀬戸内海から直接軍船が出入りできるようになっており、水軍の運用を考慮して設計された日本初の本格的な海城だったと言われています。現在では一部を除いて埋め立てられていますが、現存している堀には海水が引き込まれて海水魚が泳いでおり、当時の名残を感じることができます。 園内には1917年に松平家の別邸として建てられた披雲閣があり、大正期の貴重な近代和風住宅建築として重要文化財に指定されています。142畳敷の大書院をはじめ、槙の間、松の間、そてつの間など趣向を凝らした各部屋を見学することができます。また北側には藩政時代の庭をもとに造られた内苑が広がり、水城として名を馳せた高松城とは対照的に石や岩で水を表現した枯山水様式になっています。 馬の調教場だった桜の馬場はその名のとおりさまざまな品種の桜が植えられており、春には夜間開放されることからお花見スポットとしても人気です。秋には園内で菊花展が開かれるほか、演劇、コンサートなどのイベント会場としても利用されています。

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