日本全国スタンプラリー

広島城

原爆で倒れ、復興の象徴として建て直された「鯉城」。その天守は2026年3月に閉城しました。

基本情報

位置情報

緯度: 34.402814
経度: 132.458967

詳細説明

広島市の中心に建つ「鯉城」。天守は2026年3月に閉城しましたが、外観はいまも見ることができます。 天正17年(1589年)、毛利輝元は太田川の河口の三角州に城を築き始めました。地盤のやわらかい難工事でしたが、天正19年(1591年)には輝元が入城します。「鯉城」の別名は、この一帯がかつてと呼ばれていたことに由来すると伝えられます。 慶長6年(1601年)に城主となった福島正則は、元和4年(1618年)にことで将軍徳川秀忠の怒りを買い、翌年改易されました。代わって元和5年(1619年)に入った浅野長晟から、浅野家が約250年にわたって広島を治めます。 明治になると城内は軍の用地となり、日清戦争中の明治27年(1894年)には明治天皇とともに大本営が置かれました。天守は昭和6年(1931年)に国宝に指定されましたが、昭和20年(1945年)8月6日、爆心地から約1キロメートルにあった天守は原爆で倒壊し、残っていた門や櫓も焼け落ちました。 戦後の昭和28年(1953年)に城跡は国の史跡となり、昭和33年(1958年)、天守は復興のシンボルとして鉄筋コンクリートで外観が復元されました。二の丸の門や櫓は平成6年(1994年)までに木造で復元されています。復元から約68年を経た天守は、コンクリートの劣化と設備の老朽化のため令和8年(2026年)3月22日に閉城しました。取り壊しの予定はなく、市は天守の復元について検討を続けています。

近くのスポットを探す