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五島市の他のスポット
この市区町村をすべて見る嵯峨ノ島
五島列島の福江島の北西約4kmの海上にある島。福江島の貝津(かいつ)港から定期船で20分。
道の駅「遣唐使ふるさと館」
「道の駅 遣唐使ふるさと館」は、長崎県初の離島の「道の駅」です。 九州では鹿児島県奄美大島に続いて二駅目の離島の「道の駅」となります。 五島列島は、その大部分が西海国立公園に指定されており、美しい海と豊かな自然に恵まれています。 また、教会、寺社をはじめとする多くの歴史遺産が残っているため、たくさんの観光客の方が訪れています。
石田城跡
石田城跡は長崎県五島市池田町にあります。 幕末の1863年に福江藩主五島盛成公が完成させた居城です。 外国船(黒船)の襲来に備えて、国防のために築かれました。 1868年の明治維新による幕藩制度の解体により、1872年本丸が解体されました。 現在、本丸跡には長崎県立五島高等学校、北の丸跡に五島観光歴史資料館や五島市立図書館、五島市福江文化会館が建てられており、石田城跡は石垣や大手門を残すのみとなっています。 長崎県指定史跡で、城内に残る五島氏庭園は国指定名勝に指定されています。
武家屋敷通り
寛永11年(1634年)、第22代盛利は五島での中央集権体制にむけて、各地に散在していた豪族や五島藩士170余家を福江に移住させました。 このとき造られた中級以下の武士が住んでいたとされる武家屋敷の通りの石垣が約400mに渡って残っています。 「こぼれ石」と呼ばれる石垣塀で、溶岩の塊を石垣上に積み上げて作られています。 こぼれ石は、有事の際は武器としても使用されたといわれています。 また、武家屋敷通りの各所には「矢を食い止める」薬医門(矢食い門)とよばれる門が残っています。
大瀬崎断崖
九州本土最西端に位置し、東シナ海に突き出した海蝕崖です。 南の大宝崎から島山島の黒瀬崎まで高さ150メートル、長さ20キロメートルに及ぶ、海蝕を受け削られた断崖の海岸線は壮観な景勝地です。 大瀬崎断崖にある展望台からは、晴れた日には東シナ海に浮かぶ男女群島が望めます。 日本の夕陽百選に選ばれている大瀬崎断崖は九州で最後に夕陽が沈むところです。12月31日には「夕陽鑑賞会」が行われています。
井持浦教会
五島市玉乃浦にある井持浦教会は教会は、明治28年(1895年)フランス人宣教師アルベルド・ペルー師の指導によって建立されました。 江戸時代末期に大村藩から五島に移り住んだ潜伏キリシタンによって信仰された歴史がある教会です。 建築から92年後の昭和62年(1987年)台風の被害をうけたため取り壊され、翌年コンクリート造りの現教会へ再建されました。 境内にあるルルドはフランスのルルドを模倣したもので、明治24年(1891年)バチカンにルルドの洞窟が再現されたと聞いたペルー神父が五島の信徒に呼びかけて作ったものです。 明治32年(1899年)五島全域の信徒が持ち寄った奇岩、珍岩で、日本で最初のルルドが建設されました。 ルルド参拝者のための宿泊施設があり長期滞在(自炊)も可能です。
