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糸満市の他のスポット
この市区町村をすべて見る道の駅「いとまん」
「道の駅 いとまん」は糸満道路の起点に位置し、南部観光の玄関口にある日本最南端の道の駅です。 糸満市は古くから漁業の町として県内に知られ、市の南部一帯はわが国唯一の戦跡国定公園となっており、平和を祈る地として全国から観光客が訪れている場所です。 また、当駅ではファーマーズ(JA)、お魚センター(漁組)の施設が営業しており、県内市町村から多くの人が訪れています。
ひめゆりの塔
ひめゆりの塔(ひめゆりのとう)は、沖縄戦末期に沖縄陸軍病院第三外科が置かれた壕の跡に立つ慰霊碑。現在の沖縄県糸満市にあります。 国内唯一の住民を巻き込んだ地上戦となった沖縄戦、元ひめゆり学徒生たちの体験を通して、若い世代に戦争の実態を伝えています。ひめゆり学徒・教師の鎮魂のための慰霊碑です。ひめゆり学徒隊の「ひめゆり」とは、沖縄師範学校女子部と県立第一高等女学校の愛称です。 米軍のガス弾が打ち込まれ、兵士や学徒の多くが死亡、生還者はわずかでした。生き残った者も、さらに荒崎海岸に追い込まれ自決したりした。「ひめゆり部隊」の犠牲者194人のうち、「解散」後の死者が128人であることが示す通り、軍の無責任さが多くの犠牲者を生んだといえます。塔の横にはひめゆり平和祈念資料館があり、生き残った女性が貴重な証言を聞かせてくれます。その証言に涙しない人は少ないでしょう。
美々ビーチ
喜屋武岬
{歴史} 喜屋武岬(きゃんみさき)は、沖縄本島最南端に位置し、高さ30メートルから50メートルの断崖が特徴的な岬です。この地は、沖縄戦の最後の激戦地でもあり、激しい戦闘が繰り広げられました。岬の先端には昭和44年(1969年)に建てられた慰霊碑「平和の塔」があり、戦争の悲劇を忘れないよう恒久平和と鎮魂の思いが込められています。戦後、この地に灯台が建てられ、現在の灯台は昭和47年(1972年)6月22日に施政権返還後初めて点灯されました。喜屋武岬はその自然のままの姿とともに、歴史的な意義も持つ場所です。 {見どころ} 喜屋武岬の魅力は、その自然の壮大さにあります。断崖からは、太平洋と東シナ海の大海原が一望でき、荒々しい波が打ち寄せる様子は圧巻です。また、岬の上には灯台や展望台があり、国指定名勝・天然記念物である「喜屋武海岸及び荒崎海岸」の眺望が楽しめます。自然のままの海岸線は沖縄国定公園にも指定されており、その美しさは訪れる人々の心を魅了します。また、岬の先端には「平和の塔」が立ち、歴史を学びながら自然を満喫できるスポットとなっています。四季折々の風景が楽しめる喜屋武岬は、沖縄の自然と歴史を感じる絶好の場所です。
摩文仁の丘
{歴史} 沖縄戦最後の激戦地として知られる摩文仁の丘周辺には、多くの慰霊碑が建立されています。国立沖縄戦没者墓苑では戦没者の遺骨が合祀され、各県の慰霊塔もそびえ立っています。さらに、平和・友情・師弟愛を象徴する3つの少年の像や沖縄師範健児之塔もあります。黎明之塔は第32軍司令部壕の上に建てられ、牛島満中将と長勇中将の記念碑となっています。 {見どころ} 沖縄県糸満市摩文仁の丘は、6月23日に沖縄戦の組織的戦闘が終結した場所です。平和祈念公園に位置し、静かな雰囲気の中に戦争の歴史が息づいています。訪れる人々は、沖縄平和記念資料館を通じて戦争の記憶を学びます。階段を使って徒歩で行ける「沖縄師範健児の塔」は多くの学生たちが亡くなった場所としても知られ、重要な見学スポットとなっています。
