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南洲神社

文久2年、薩摩藩主島津久光の怒りにふれて沖永良部島に流罪となった西郷隆盛の遺徳をしのんで、明治35(1902)年に創建。近くに当時の牢獄が残る。西郷隆盛公は文久2年薩摩の国父・島津久光公の怒りにふれ沖永良部島へ流罪【るざい】となり1年6ケ月牢獄生活をされました。

世之主の墓

世之主の墓は、沖永良部島の中央にある。世之主(真松千代)は西暦1400年ころ、沖永良部島を統治していた人。 世之主とは島の首長のこと。岩壁を掘り込んだ「トゥール墓」と呼ばれる琉球式の墓で、奥に納骨堂がある。墓全体が女性の子宮をかたどっているといわれています。 世之主のまつりごとは民衆に慕われる立派なものだったといいます。また優秀な四天王と呼ばれる4人の家来もおり、世之主は中山王の姫を奥方(真照間慕之前)をもらい、嫡子を1人もうけました。 しかし、琉球の北山、中山、南山の戦いが激しくなり、中山は南山を陥れ、北山も滅ぼした。中山は世之主の奥方が中山王の姫であるため、沖永良部島へ和睦の船を差し出したが、世之主はこれを軍船と勘違いし、大国には勝てないと判断し、自害しました。 世之主の墓には、中央に世之主と、殉死した奥方、嫡子の3名が、四隅には殉死した家来の四天王の4名(後蘭孫八、屋者真三郎、西目国内兵衛、国頭弥太郎)が眠っています。

ソテツジャングル

ワンジョビーチのそばにあるソテツの群生。自生、生育したソテツがジャングルを思わせる密林を形成しています。全長約500mの遊歩道があり、探検気分で散策することができます。 たくさんのソテツが群生しています。永良部のソテツジャングルは坂を登るところが多少きつく感じるでしょう。た沖永良部のソテツジャングルはそのまま放置されているといった感じで、自然のままという感じですので、自然を満喫するにはベストでしょう。

日本一のガジュマル

ガジュマルは、幹が多数に分岐して繁茂するクワ科の高木。明治38(1905)年に国頭小学校の第1回卒業生が植樹したもので、日本一の大きさを誇る。根回り8m、枝張り直径22mあります。 こちらのガジュマルは,幹が多数分岐して広がるクワ科の常緑高木で,和泊町の町木です。 国頭小学校にあるガジュマルは,根回り8メートル,円形に広がった枝張りの直径22メートルという大きなもので,枝振りは日本一と言われ,樹齢100年を過ぎています。1898年(明治31年)の第1回卒業生が植樹したガジュマルの木です。 また,新日本銘木百選で選ばれており,島ではガジュマルの木を防風林に,また,盆栽としても愛用されています。日本一のガジュマルは必見です。

和泊町歴史民俗資料館

沖永良部島に古くから伝わる文化や歴史を保存,展示伝承すると共に,文化活動の交流促進を深め,活気ある農村社会の実現をはかるため平成9年4月に建設されました。ユリの世界、沖永良部の自然と出土品、沖永良部の民俗の3つのコーナーに分かれている和泊町歴史民俗資料館です。沖永良部の島史とユリとの関わりをはじめ、島のさまざまな情報が入手できます。沖永良部島の民具や記録写真、島特産のエラブユリ(鉄砲百合)に関する多彩な資料を展示し、島の歴史と生活を紹介しています。自然の様子もパネル展示し、島の全てがコンパクトに理解できるよう工夫されています。また、ミニ企画展を開催し、島の歴史文化に関する情報発信をしています。

フーチャ

隆起珊瑚礁が東シナ海の荒波に浸食されてできた天然の巨大な洞穴。フーチャは琉球語で「吹き上げる」という意味だそうです。 海が荒れると潮の加減によっては海水を10メートル以上も吹き上げ、ダイナミックな景観を見せる。季節風や台風時には20~70mになることもあります。その理由は隆起珊瑚礁でできた沖永良部島の北海岸側に、東シナ海の荒波によってその隆起珊瑚が洞窟のようにえぐりとられ、さらには洞窟の奥部分の天井面が侵食されなくなったため、季節風や台風などの波の高い日はそこから20~70mも潮を吹き上げることから「フーチャ」と呼ばれるようになった、いわゆる潮吹き洞窟のことです。 岩場の中に1箇所だけ穴があり、波の高い日は、そこから吹き上げる波が大迫力です。

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