読み込み中...
奥尻町の他のスポット
この市区町村をすべて見る鍋釣岩
鍋釣岩は奥尻島のフェリー乗り場から道道39号線を南下した海岸に、高さ20m近くある巨大な穴のあいた岩が海の上に立っているのが見えます。この自然に穴の開いた岩は鍋のつるのように見えることから鍋釣岩と呼ばれています。 奥尻島を代表する景勝地、シンボル的存在となっています。鍋釣岩はもともとは大きな安山岩だったものが長い年月をかけて波に洗われて削れていき、今のような真ん中に穴のあいた形になったとされています。 奥尻島を代表する観光地だけあって近くの海岸沿いには立派な展望台も整備されており、さらに18:00~22:00には鍋釣岩がライトアップされ暗い海に明るく照らされて鍋釣岩が浮かび上がり、幻想的な雰囲気を醸し出します。昼間も美しいが、夜は夜で異なった美しさがある。この鍋釣岩の上に茂る植物はヒロハノヘビノボラズで、枝葉に鋭いトゲがありヘビも登らないことからこの名がつきました。
うにまる公園
うにまる公園は奥尻島のフェリー乗り場から道道39号線を2kmほど南下したところにある公園です。うにまるとは奥尻島のマスコット的キャラクターで奥尻島の観光PRとして使われており、1989年のふるさと創生一億円事業で、ここうにまる公園に全高13mの巨大なうにまるのモニュメントが作られました。 こちらは夜になると120本のとげの1本1本までが美しくライトアップされるのが特徴です。うにまる公園には島唯一の有名人である阪急とオリックスで活躍した佐藤義則元プロ野球投手の偉業をたたえて1999年に建設された佐藤義則野球展示室もあり、新人王獲得や40歳にて達成したノーヒットノーランなどの記録がパネル展示などで紹介され当時の新聞記事も展示されています。 ガラスケースの中には1985年の最多勝利投手賞や防御率第一位投手賞、月間最優秀選手賞、1500三振奪取記念賞など数多くの盾やトロフィーが並んでいます。 また佐藤義則氏の生い立ちから活躍の名場面までをビデオ映像で紹介しており、奥尻島が生んだ佐藤義則氏の偉大さを知ることができます。
奥尻島津波館
奥尻島津波館は1931年に立てられたが、青苗地区にありながら北海道南西沖地震の地震や津波にも耐えたことから青苗岬の象徴とされています。 1993年7月12日に発生した北海道南西沖地震により発生した大津波が奥尻島を襲い、青苗地区は津波とその後に発生した火災で壊滅状態となり198名もの死者を出しました。その青苗地区の先端にある青苗岬にある徳洋記念碑緑地公園に、災害の記憶と教訓を後世に伝える為に2001年にオープンしたのが奥尻島津波館です。 受付をするとお姉さんが展示の写真や模型を用いて北海道南西沖地震の発生メカニズムから災害、復興の様子をつきっきりで説明してくれます。 さらに映像ホールでは巨大スクリーンに地震の発生から救助、復興までをドキュメントで綴った「災害の記録」と島の四季の風景を集めた「海の記憶」を上映しており地震と津波の怖さを実感できます。館内には地震と津波と火災によって亡くなった198名の島民を鎮魂して198のステンドグラスを用いた光で再現しています。 また、奥尻島で発見された勾玉や土器なども展示されています。徳洋記念碑緑地公園には時空翔という巨大なみかげ石でできた北海道南西沖地震で犠牲となった方の慰霊碑があり、津波のあった7月12日には正面のくぼみに太陽が沈むようになっています。 また徳洋記念碑緑地公園には全高16.7mの巨大な徳洋記念碑もあります。
無縁島
無縁島は奥尻島の南西岸にある周囲500m程度の岩でできた小島が無縁島です。この無縁島には悲しい伝説があり、恋人に裏切られた事で娘が身を投げ、それを悔いた男は僧侶となって海辺で娘を弔ったが、男も波にさらわれて無縁島に流れ着いたという事です。 無縁島近くの奥尻島海岸は千畳浜と呼ばれる小石の敷き詰められた海岸が広がり、キャンプ場ではないがキャンプに適した場所となっています。無縁島は基本的に円錐の形をしており、どこから見ても三角形に見えるが、間近から見た時だけいびつな三角形になるので、少し離れて見た方が美しく見えます。 またこの無縁島の標識のすぐ上には北海道南西沖地震の際に23.3mまで津波が駆け上がった事を示す津波痕跡高の標識もあります。下から見ると丘のはるか上に標識があり、こんな高い場所まで津波が来たのかと自然の恐ろしさを体感する事ができます。
モッ立岩
モッ立岩は奥尻島の南西岸にある御影石でできた奇岩の1つです。 このモッ立岩には伝説があり、かつて一人の未亡人が、この磯に岩ノリを採りに来てこの岩を発見。亡くなった自分の亭主の体の一部にあまりに似ていたので、喜び懐かしみ、そのままの名を付けることに恥ずかしさを覚え、上の一文字を抜いて、「モッ立岩」と呼んだことから、その名が付いたと言われています。 このモッ立岩にはさらに大人向けの伝説があり、元々モッ立岩は奥尻島東海岸の鍋釣岩の隣に立ち夫婦岩と呼ばれていたそうだが、しかしある時、モッ立岩は大好物のアワビを求めて人里離れた西海岸に浮気してきたと言われています。モッ立岩は道道から海岸まで降りて間近で見ることが可能です。
北追岬公園
北追岬公園は奥尻島の西海岸、神威脇のすぐ南側の高台の上に広がる公園です。 神威脇はロシアによって終戦後、国後島を追われた住民が1946年に入植した場所です。戦争により生まれ故郷の北方領土を追われた人たちの望郷の思いが彫刻家、流政之氏の心をとらえ、奥尻島島内には至る所に彫刻が並び、特にここ北追岬には1982年に8基ものモニュメントが公園内に配置されました。 その中でも公園入り口にある巨大な「北追岬」の彫刻は故郷を追われて神威脇に集団入植した人達の望郷の念を表現しており悲しい思いを感じる事ができるでしょう。 公園内にはキャンプ場や展望台もあり、奥尻島西海岸の断崖など変化に富んだ景色や遠くに見える無縁島など高台の上から見下ろす奥尻島西海岸の景色は島内随一とも言えます。またここからは日本海に沈む夕陽を眺める事ができます。 キャンプ場も眺めのよい高台にあるが風が強いので注意が必要です。
