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せたな町の他のスポット
この市区町村をすべて見る道の駅「てっくいランド大成」
国道229号沿いにある「道の駅 てっくいランド大成」は、奇岩立ち並ぶ日本海の目の前にあり、夕陽の名所として道行くドライバーの目を楽しませています。 また、目の前は海水浴場になっているため、駅では夏の期間だけコインシャワーが使用できます。 さらにこの駅には地元に住む観光案内人が常駐していることで、大成の見どころや近隣市町村のドライブ情報などを丁寧に教えてくれます。 マスコットキャラクターの「てっくい(ひらめ)」が可愛らしく出迎えてくれます。
立象山公園
奇岩ロード
奇岩ロードは熊石から北西に走ると、国道から海岸線沿いに奇妙な形をした岩が次々と見えてきます。 夫婦岩に始まり親子熊岩、タヌキ岩、三味線岩、マンモス岩、釣の澗など数多くの奇岩があり、それらの岩々には標識やそれぞれの岩の説明文の書かれた案内板が設けられているのが特徴です。 これらの景勝地の続く6~7kmの区間を奇岩ロードと呼びます。親子熊岩などは遠くから見ると本当に母熊が小熊を抱いているように見え有名です。しかし、奇岩ロードは標識が親子熊岩とタヌキ岩くらいしかなく、北に向かって走るとそれらしく見えるので気付くことが多いのですが南に向かって走るとほとんど気付かずに通り過ぎてしまうことが多いので注意が必要です。
風海鳥
風海鳥は瀬棚港の沖合700mのところにある日本初の海上風力発電所がせたな町洋上風力発電所です。 瀬棚は年間平均風速8m/sと風が強く、かつ海上だと風車の羽根による風切り音などの騒音問題なども解決できることから、全高64mの風力発電機を海上に建設し、2004年の本格稼働以降この2基で1000世帯の電力をまかなっています。この風海鳥の周囲の陸上側にも瀬棚マリンタウン風力発電所や瀬棚臨海風力発電所が広がり、この付近一帯には多くの風力発電機を国道229号線からも見る事ができます。 風海鳥が海の上に浮かんでいるのを見るには立象山展望台まで登って、上から見下ろすのが良いでしょう。写真を撮影するならばこちらがベストです。
荻野吟子顕彰碑
荻野吟子顕彰碑は瀬棚の町の南の外れ、旧国鉄瀬棚駅跡地の荻野吟子小公園内にある碑です。 荻野吟子女史は1851年、武蔵国幡羅群俵瀬村の庄屋の五女として生まれ、18歳で名主稲村貫一郎と結婚するが体調を崩すと共に性病を患って2年後に実家に帰され離婚となります。性病治療の為に順天堂病院に入院するが、この頃、我国の医学界では女医の制度がなく、彼女の治療に当ったのも男性の医師であり、女性にとっては何ものにも耐え難い羞恥と屈辱が同性の人々に自分と同じ思いをさせてはならないと、医師になることを強く決意させました。 彼女は上京して井上塾に入門。東京女子師範学校、私立医学校「好寿院」と優秀な成績で卒業します。学問は個人の努力でどうにでもなるが、女医を認めないという制度や習慣の壁が彼女の前に大きく立ちはだかり、再三にわたり医師の開業試験の願書を提出したものの、女性なるがゆえすべて却下されてしまいます。 彼女は持ち前の根性で制度改正に奔走、多くの師友の協力によりようやく受験の運びとなり、1885年に第1回医術開業試験に女性として初めて合格し日本公許登録女医第1号の偉業を見事に達成しました。 再婚後、理想郷建設をめざす夫とともに北海道今金町に渡り、後に瀬棚町に移り1897年にここ瀬棚町に荻野医院を開業し、11年にわたって地域医療に貢献しました。 彼女の偉大さは、当時は女人禁制とされていた医学校に入学を認めさせると共に、開業試験への堅い拒否の扉を開かせ、日本医学界に女性進出の道を切り拓いた先駆者としての功績にあります。 この功績を称え、1967年に北海道開道100年を記念して荻野吟子顕彰碑が開業地跡に建立されました。
瀬棚郷土館
瀬棚郷土館は瀬棚の町の東の端、瀬棚商業高等学校の裏に瀬棚郷土館があります。 ここは瀬棚の長い歴史を築いてきた先人の足跡を残し、貴重な郷土の未来へと継承するため1975年に建設されました。開拓当時に使われた町の歴史を伝える道具や生活用品、農地や奥地開発に使われた農具やのこぎり、鰊漁で栄えた頃の漁具や操業船などの収蔵品、そして2000年以上も前の南川遺跡出土の土器や石器も展示されています。 また瀬棚は日本女医第1号・荻野吟子女史が開業した場所でもあり、女史が日常生活に使用した遺品の数々や敬虔なカトリック信者だった女史が愛読した聖書、さらに医学的にも貴重な資料が展示保存されています。彼女の活躍は直木賞受賞作家渡辺淳一作の小説「花埋み」や、NHKテレビ「風雪」などで紹介され有名となり、瀬棚にも荻野吟子公園内に荻野吟子顕彰碑、瀬棚区支所前には荻野吟子女史像、瀬棚児童会館そばには荻野吟子開業の地碑など、多数の記念碑があります。
