日本全国スタンプラリー

読み込み中...

岩内町の他のスポット

この市区町村をすべて見る

道の駅「いわない」

「道の駅 いわない」は元国鉄岩内駅の跡地につくられた岩内マリンプラザ地区になります。 ヨットをイメージしたガイドセンターたら丸館を中心に、木田金次郎美術館や岩内地方文化センター、岩内町のシンボルであるカリヨンモニュメント、噴水など水・光・音をモチーフにした美しい公園などがあります。 中でも人気は木田金次郎美術館で、岩内港や岩内山など力強いタッチで描いた作品が約100点収録されています。

「弁慶の刀掛岩

弁慶の刀掛岩は岩内の町から国道229号線を10kmほど南西に走った刀掛トンネルとカスペトンネルの間の海沿いの短い国道のさらに海沿いに側道があり、その側道に展望台があります。 この展望台からは雷電岬の先端部に垂直に尖った弁慶の刀掛岩が見えます。弁慶の刀掛岩の名前の由来は弁慶が刀を置くためにつくった岩という伝説があります。雷電岬は2002年に完成した刀掛トンネルによって展望が悪くなってしまったが、それでもここから弁慶の刀掛岩に沈む夕陽は絶景と言われています。そしてまた、ここから山側に少し坂を登ったすぐ近くに寂れた温泉宿の雷電温泉ホテル観光かとうがあり、その温泉からも日本海や弁慶の刀掛岩が一望できます。特にここの露天風呂は少し小さいながらも湯船に浸かりながら日本海が見えるとあってお勧めです。

日本のアスパラガス発祥の地

日本のアスパラガス発祥の地は岩内の町中の道道66号線沿いにある岩内厚生病院の交差点の脇に日本のアスパラガス発祥の地記念碑があります。 1910年頃、北海道は冷害に苦しんでおり、それを見かねた岩内町の下田喜久三氏は大学を卒業するとすぐに欧米からアスパラガスの種子を取り寄せ1913年から研究を続けました。 そして1922年にはとうとう寒冷な風土に耐え、しかも罐詰原料としての特性をそなえた新品種瑞洋種の育成に成功しました。そして翌年には40ヘクタールの直営農場を設けアスパラガスの栽培に着手し、同時に一般農家にその栽培を奨励しました。さらに1924年、岩内町に日本アスパラガス株式会社を設立し、アスパラガス罐詰の企業化生産に成功しました。アスパラガスが日本で食べられるようになったのは明治以降で、しかも初期の頃は高級品である缶詰のホワイトアスパラガスが輸入されているだけでした。 しかし瑞洋種の育成の成功により北海道でアスパラガスの生産が始まると全国的に高い評価を受けるようになり、その後海外に輸出されるまでになりました。岩内町はアスパラガスの生産に適した場所ではなかったため、その後の大規模な生産は喜茂別町で行われるようになりました。標識もないので知っていなければ気付きませんが、道道66号線沿いにあるので訪れるのは容易です。

近くのスポットを探す