大阪舎密局跡地
大阪で最初の公立の学問所でした。この学校は、のちに京都へ移っていきます。
位置情報
詳細説明
大阪城の西、大手前にあった舎密局の跡です。明治2年(1869年)5月、ここに大阪で最初の公立の学問所が開かれました。「舎密」はオランダ語で理学・化学を指す言葉で、オランダからハラタマを招き、主に理化学を教えています。 翌明治3年10月、舎密局は大阪の洋学校と合併して開成所と改まりました。その後も名は変わり続け、大阪専門学校、大阪中学校、大学分校を経て、明治19年(1886年)4月に第三高等中学校となります。 明治22年(1889年)8月、第三高等中学校は大阪から京都へ移りました。明治27年(1894年)9月に第三高等学校と改称し、この流れがへとつながっていきます。
