同心屋敷
花巻同心組が居住していた家屋
位置情報
詳細説明
天正19年(1591)九戸の乱のとき、鳥谷崎城の守備にあたった一族の浅野重吉は、配下の一隊30人を残して引き上げ、花巻同心組となり城内二の丸馬場口御門の下馬場(現在の鳥谷崎神社南下辺)に住居を与えられて住んでいました。 昭和55年3月に保存のため移築したものであり、藩政時代の曲がり家形式の武家屋敷として、価値の高い江戸時代後期の建築物で、市の文化財としても指定されています。
花巻同心組が居住していた家屋
天正19年(1591)九戸の乱のとき、鳥谷崎城の守備にあたった一族の浅野重吉は、配下の一隊30人を残して引き上げ、花巻同心組となり城内二の丸馬場口御門の下馬場(現在の鳥谷崎神社南下辺)に住居を与えられて住んでいました。 昭和55年3月に保存のため移築したものであり、藩政時代の曲がり家形式の武家屋敷として、価値の高い江戸時代後期の建築物で、市の文化財としても指定されています。