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椎葉村

宮崎県内陸部の九州山地に位置しており、全体が山地で、村内には多くの山が存在する。このため南九州でありながら冬期は雪が積もることがある。村域の多くが九州中央山地国定公園に指定されている。

八村杉

八村杉は元久年間に椎葉を訪れた那須大八郎が植えたとされる十根の杉です。十根川神社が八村大明神と呼ばれていたためこの名前が付きました。 八村杉は、元久年間(1,204~1,206)この地を訪れた大八郎が植えたものと伝えられます。別称を「十根の杉」と言い、明治4年まで十根川神社が八村大明神と呼ばれていたことから八村杉と呼ぶようになりました。 樹幹は通直で端正な姿をしており、単幹では県内最大で幹周り19.0m、樹高54.4m目通り幹周り13.3m、枝下地面の全周99mの巨木。周辺の森には、八村杉を取り巻くようにイチイガシやトチノキの巨木が生い茂っており、最近では、この八村杉の周辺の樹林を巨樹の野外博物館として位置づけています。 また、この樹林は、平成10年に十根川重要伝統的建造物群保存地区の特定物件に指定されています。

柳田國男ゆかりの地

柳田 國男は1875年7月31日に誕生しました。日本の民俗学者・官僚です。現在の兵庫県神崎郡福崎町生まれで、最晩年に名誉町民第1号となりました。「日本人とは何か」その答えを求め、日本列島各地や当時の日本領の外地を調査旅行し、初期は山の生活に着目し、『遠野物語』で「願わくは之を語りて平地人を戦慄せしめよ」と述べたことで有名です。 没後に正三位勲一等。柳田國男ゆかりの地は民俗学の父として知られる柳田国男氏は、数回ここを訪れています。村内を案内した当時の村長「中瀬淳」の自宅に立つ石碑です。柳田国男は資料収集のため、一週間にわたり村内に止宿しました。当時の様子が刻まれています。椎葉村竹の枝尾集落にあります。

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