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椎葉村の他のスポット
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宮崎県内陸部の九州山地に位置しており、全体が山地で、村内には多くの山が存在する。このため南九州でありながら冬期は雪が積もることがある。村域の多くが九州中央山地国定公園に指定されている。
十根川重要伝統的建造物群保存地区
十根川重要伝統的建造物群保存地区は耳川支流の十根川の中流域左岸にある、険しい山に囲まれた谷間の段丘地の集落です。石垣で段状に敷地を造成、田畑や屋敷地としています。 この地方特有の一列平面型(「椎葉型」といわれる)の民家からなる建物群が、険しい山に囲まれた谷あいの地に緑豊かな山林に囲まれて、石垣が重なり合う美しい山村とともに優れた歴史的風致を形成していると評価されています。 平家追討の命を受けた那須与一宗高の弟大八郎宗久が豊後路から鞍岡を経て後に「椎葉」と呼ばれるこの地に入ったといわれています。大八郎が椎葉に入るや椎の葉を以って陣屋を設け追討の拠点にしたことが「椎葉」の名の由来であります。平成10年12月25日に国の重要伝統的建造物群保存地区に選定されました。
柳田國男ゆかりの地
柳田 國男は1875年7月31日に誕生しました。日本の民俗学者・官僚です。現在の兵庫県神崎郡福崎町生まれで、最晩年に名誉町民第1号となりました。「日本人とは何か」その答えを求め、日本列島各地や当時の日本領の外地を調査旅行し、初期は山の生活に着目し、『遠野物語』で「願わくは之を語りて平地人を戦慄せしめよ」と述べたことで有名です。 没後に正三位勲一等。柳田國男ゆかりの地は民俗学の父として知られる柳田国男氏は、数回ここを訪れています。村内を案内した当時の村長「中瀬淳」の自宅に立つ石碑です。柳田国男は資料収集のため、一週間にわたり村内に止宿しました。当時の様子が刻まれています。椎葉村竹の枝尾集落にあります。
