日本全国スタンプラリー

読み込み中...

北斗市の他のスポット

この市区町村をすべて見る

戸切地陣屋跡史跡公園

北海道北斗市にあった陣屋です。江戸幕府が外国船の警備に当たるため 松前藩に築造させました。昭和40年に国の史跡になり「松前藩戸切地陣屋跡史跡」 と名称を統一しました。 陣屋の総面積は43.400平方メートルで形状は四稜の星型で上から見ると亀の形 に見えます。 ソメイヨシノを中心に580本の桜のトンネルを抜けると歴史を感じながらお花見ができます。 また5月には陣屋桜まつりが開催されとても賑わいます。

きじひき高原

きじひき高原からの眺望は素晴らしく眼下には北海道新幹線の高架があり、遠くには函館山と津軽海峡が見えます。左を見れば、壮大に広がる大沼・小沼の風景と悠然とそびえ立つ駒ケ岳を一望することができます。 きじひき高原標高560メートルと、かなり高い場所にあるだけに風が強いこともしばしばですが、2015年春からは新たに建設した屋内展望施設も利用可能になりますから天候を気にせずにゆっくりと眺めを楽しむことができそうです。 なお、きじひき高原眺望台に続く山道は午後5時になるとキャンプ場側でゲートが封鎖されるため、それよりも前に退出する必要があります。10月下旬~4月下旬は、冬期の通行止めになりますので注意が必要です。

水稲発祥之碑

水稲発祥之碑は遠別の稲作の礎を築いた南山仁太郎氏の功績を讃えて建てられました。道北の地において1897年から稲作への試みが始まりました。当初は福井から取り寄せた種子で稲作を試みましたが難しいのが現状でした。耐寒性のある上川産の種子を用いて遠別川から水を引いて田を作り1901年に南山仁太郎氏によってようやくこの地で稲作が可能となりました。 1921年には灌漑工事が進み水耕栽培が本格的に行われるようになりその後、遠別町稲作経営研究会は創立20周年を記念し、遠別の稲作の礎を築いた南山仁太郎氏の功績を讃えて遠別町に水稲発祥之碑を作りました。 これより北では水稲は世界的に見ても実施されていません。遠別町は日本最北の米どころとされています。碑は水稲発祥を意味するだけでなく、世界的にここが最北の水田である事も意味しています。 遠別町で作られる米は「はくちょう」です。こちらの米を利用して旭川の高砂酒造によって純米酒が作られ「北吹雪」という銘柄になります。

きじひき高原

きじひき高原は函館の町から北北西に行った大沼の西側に標高684mの木地挽山があり、この麓に広がる北斗市営牧場があるのがきじひき高原です。 このきじひき高原にはキャンプ場があり、ここでキャンプできるだけでなく、さらに高原を上へと進むとパノラマ眺望台と噴火湾眺望台という2つの眺望台があります。標高560m程度の高さにあるパノラマ眺望台からは北から東にかけては大沼・小沼とその奥に駒ヶ岳、そして東から南にかけては、どこまでも広がる大野平野と、その奥に函館市街と函館山という360度の素晴らしいパノラマを楽しむ事ができます。 見晴らしのよい牧場に観音様を安置したいとの地元住民の願いから1966年にパノラマ展望台の裏には太平三十三観音と首座観音も安置されています。函館の展望を楽しむ展望地としては向かい側に城岱牧場がありますが、昼間に展望を楽しむなら函館までの距離は遠くなり函館市街や函館山は小さくなってしまうが、大沼まで一望できる360度の展望を楽しめるこちらの方がお勧めです。

噴火湾眺望台

噴火湾眺望台は函館の町から北北西に行ったところ大沼の西側に標高684mの木地挽山があります。 この山の麓に広がる北斗市営牧場があるのがきじひき高原です。このきじひき高原にはキャンプ場があり、ここでキャンプできるだけでなくさらに高原を上へと進むとパノラマ眺望台と噴火湾眺望台という2つの眺望台があります。パノラマ眺望台からさらに奥へと進むと路肩に小さな駐車場を作っただけの噴火湾眺望台があり、ここから駒ヶ岳だけでなくその奥に噴火湾まで見る事ができます。 噴火湾眺望台から少し先にはきじひき公園があり、高原を散策もできます。噴火湾眺望台の少し手前の道路からは函館の町並みを見渡すことのできる場所があり、こちらもお勧めです。

松前藩戸切地陣屋跡

松前藩戸切地陣屋跡は北斗の町から北西に行った大野平野の西の外れに松前藩戸切地陣屋跡があります。箱館開港に伴う外国船渡来による不測の変に備えて幕府は松前藩に七重浜から木古内までの守備を命じ、1855年にこの戸切地陣屋が構築されました。 陣地は蘭学の築城書による四稜堡で広さは4.3ヘクタール。東南部の稜堡に6門の砲座を配置しました。郭内には17棟の建物があり約120人で守備していましたが1868年の箱館戦争時、榎本武揚率いる旧幕府残党に追われて相手方に陣屋が使われないよう建物に火をつけ焼払って敗走しました。 この陣屋は焼失していますが保存状態が極めてよく、幕末における北辺の国際情勢や西欧風の影響を知る資料として築城史上価値ある史跡です。表御門跡と裏御門跡には大手門と搦手門が復元され、門から入ると広い郭内には大砲入跡、筒入跡、蔵跡、備頭・目付詰所跡、足軽長屋跡、武器庫跡などがあり、石で基礎を再現して跡地を表示しています。 1904年に日露戦争を記念して陣屋跡までの800mの一本道に585本の桜の木が植えられました。

近くのスポットを探す