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基本情報

岐阜県不破郡関ケ原町関ケ原902

位置情報

緯度: 35.362472
経度: 136.469417

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伊吹山ドライブウェイ

岐阜県不破郡関ヶ原町と滋賀県米原市大久保(伊吹山頂)との間に所在する全長17kmの一般自動車道事業による有料道路(スカイライン)である。日本の道100選の一つ。

関ヶ原古戦場 決戦地

慶長5年(1600年)9月15日、美濃国の関ヶ原で、徳川家康を大将とする東軍と、石田三成を中心とする西軍が戦いました。西軍の総大将に立てられていたのはですが、その人は大坂城にいて、戦場には現れていません。 ここは旧関ケ原小学校の南にあたります。この付近で石田隊が破れ、戦いの決着がついたと伝えられる場所です。天下を分け…

関ヶ原古戦場 石田三成陣地(笹尾山)

関ヶ原の北西に立つ笹尾山。その山頂に石田三成が陣を置きました。関ヶ原の地を一望でき、北国街道も押さえられる場所で、ここからは東軍の本陣なども見渡せたと考えられています。麓には島左近らの隊が陣を構えました。 慶長5年(1600年)9月15日、徳川家康を大将とする東軍と、三成を中心とする西軍が、この平野で戦います。ただし…

関ヶ原古戦場 徳川家康最初陣地(桃配山)

関ケ原町の東の端にある桃配山です。慶長5年(1600年)9月15日の関ヶ原の戦いで、徳川家康が最初に陣を置いた場所とされ、当日の午前10時ごろまで、ここで指揮を執ったと伝えられます。 このとき家康が大将を務めたのが東軍、対する西軍は石田三成が中心となって動かしていました。ただし西軍の総大将として立てられていたのはで、…

関ケ原鍾乳洞

関ヶ原鍾乳洞は、自然が芸術の一端を創り出す神秘的な場所です。この鍾乳洞は約130年かけて、たった1cm成長するのに必要な期間をかけて、鍾乳石が2メートル以上に成長した「玉華殿」など、壮大な鍾乳石で知られています。その他にも「巨人の足」と呼ばれる石筍と鍾乳石の連なりや、天井まで10メートルに及ぶ「昇竜の間」など、数多く…

関ケ原古戦場

関ヶ原は、かつて関ケ原合戦が激戦地となった場所です。現在は田園地帯に広がっており、石碑や徳川家・石田家の家紋入りの旗が建てられています。また、決戦地の北西には石田三成が陣を布いた笹尾山があり、合戦時に敵からの攻撃を防ぐための馬防柵が復元されています。山頂には「石田三成陣跡」の石碑が置かれています。 関ヶ原では、古戦場…

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