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大坂夏の陣供養塔

片山の小松山周辺は、元和元年(1615 年)の大坂夏の陣の本格的な戦いの火ぶたが切られた場所です。 豊臣方は道明寺方面に陣取り、後藤又兵衛が率いる隊は小松山を占領し戦闘が開始されました。 しかし多勢に無勢の戦いは徳川方に軍配が上がり、又兵衛が討ち死にしました。 玉手山公園内、玉手山7号墳の後円部頂の供養塔は、両軍の激しい戦いによる多くの戦死者を弔うために、同地区の{p_spot-2101-安福寺}を再興した珂憶上人が建立しました。

後藤又兵衛基次の碑

後藤又兵衛は筑前藩主黒田長政に仕え、文禄の役、関ヶ原の戦いで奮戦しました。 その後、長政に謀反の疑いをかけられ浪人となります。 豊臣秀頼に招かれて大坂城に入城、大坂夏の陣で討ち死にしました。 この地から北西約1km の片山で自害したとも言われています。

奥田三郎右衛門忠次の墓

徳川方侍大将格の奥田三郎右衛門忠次は、小松山を占領した後藤又兵衛隊を討とうと国分方面より向かいますが、又兵衛隊の激しい抵抗により、あえなく討ち死にしました。 玉手山1号墳の後円部頂に建つ供養塔に、家来5名と共にその名が刻まれています。

玉手橋

昭和3年、西日本最初の遊園地である玉手山遊園(現在は市立玉手山公園)に通じる橋として、大阪鉄道(近鉄南大阪線の前身)が石川に架けた、長さ 151m、幅約 3mの鉄製の吊り橋です。 日本で唯一の五径間の吊り橋で、現在、国の登録有形文化財となっています。

カタシモワイナリー

玉手山公園

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