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「日本三名園を巡る ─ 兼六園・後楽園・偕楽園」の他のスポット
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後楽園
後楽園は岡山藩主・池田綱政が岡山郡代官・津田永忠に命じて造らせたもので、1687年(貞享4年)に着工し14年の歳月をかけ1700年(元禄13年)に完成した。岡山市内を流れる旭川をはさみ、岡山城の対岸の中州に位置する。藩主が賓客をもてなした建物・延養亭(えんようてい)を中心とした池泉回遊式の庭園で岡山城や周辺の山を借景としている。江戸時代には延養亭を茶屋屋敷、庭園を後園または御後園と呼んでいた。1871年(明治4年)、園内を一般開放するにあたって、これを後楽園と改めた。

偕楽園
1841年(天保12年)7月水戸藩第九代藩主徳川斉昭によって造園が開始され、翌年に開園した。 斉昭は、千波湖に臨む七面山を切り開き、弘道館で文武修行する藩士の休養の場とすると同時に、領民と偕(とも)に楽しむ場にしたいとして「偕楽園」と名づけた。 その名の精神により当初から毎月「三」と「八」が付く日には領民にも開放されていた。この精神を引き継ぎ、日本三名園では唯一、入園無料である。
金沢市の他のスポット
この市区町村をすべて見る金沢城
金沢平野のほぼ中央を流れる犀川と浅野川とに挟まれた小立野台地の先端に築かれた、戦国時代から江戸時代にかけての梯郭式の平山城である(かつて「尾山」と呼ばれたのもこの地形に因む)。櫓や門に見られる、白漆喰の壁にせん瓦を施した海鼠(なまこ)壁と屋根に白い鉛瓦が葺かれた外観、櫓1重目や塀に付けられた唐破風や入母屋破風の出窓は、金沢城の建築の特徴である。
石川県立美術館
第一から第九までの展示室と前田育徳会尊経閣文庫分館の10室を持つ。第一展示室には野々村仁清の手による国宝「色絵雉香炉」と重要文化財「色絵雌雉香炉」の二点が展示される。前田育徳会尊経閣文庫分館は前田氏の文化財を管理する前田育徳会(本部は東京都目黒区)が所蔵する尊経閣文庫の美術工芸品を月毎にテーマを決め展示する。
金沢21世紀美術館
石川県金沢市広坂にある現代美術を収蔵した美術館。愛称まるびぃ(由来は「丸い美術館」)であるが、一般的には「21美(にじゅういちび)」と呼ばれることが多い。
天徳院
天徳院は石川県金沢市小立野にある曹洞宗の寺院です。 前田家三代利常公夫人珠姫の菩提所として元和8年に建立しました。 昭和45に 金沢市文化財に指定されました。 珠姫さまは、第二代将軍・徳川秀忠公の次女であり、利常公の妻として、前田、徳川両家の融和のために心を尽くされました。 金沢市の一大イベント「百万石まつり」では、5~6歳くらいの女の子が選ばれて珠姫行列が行われます。 天徳院では、からくり人形「珠姫・天徳院物語」を観ることができます。
金沢城公園
天正11年、前田利家が金沢城に入り、その直後から本格的な城づくりが始められました。 明治以後は陸軍の拠点として、終戦から平成7年までは金沢大学のキャンパスとして利用され、金沢大学の移転後、平成13年9月に「金沢城公園」として、金沢御堂の創建から450余年を経て、一般に開放されました。 金沢城公園は、特別名勝「兼六園」と一体となった県都金沢のシンボル公園として、本物志向で史実性の高い復元整備を進めています。
卯辰山公園
卯辰山は、石川県金沢市にある山です。 金沢市街を一望でき、晴れた日には日本海をみることができます。 春の桜、新緑、花菖蒲、秋の紅葉と、四季を通じて市民に広く親しまれている自然豊かな公園で、日本の歴史公園100選に選ばれています。 卯辰山という名は、金沢城から見て卯辰(東南東)の方角に位置する山であることから名付けられたそうです。
