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「日本三名園を巡る ─ 兼六園・後楽園・偕楽園」の他のスポット
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兼六園
17世紀中期、加賀藩により金沢城の外郭に造営された藩庭を起源とする池泉回遊式庭園です。 広さは約3万坪。1922年に国の名勝、1985年には国の特別名勝に指定されています。 岡山市の後楽園と水戸市の偕楽園と並んで、日本三名園の一つにも数えられる庭園。 金沢市の中心部に位置し、旧百間堀を道路とした百間堀通り(百万石通り)を橋で渡ったところの石川門から、金沢城を復元中の金沢城公園へと続いています。 宋の時代の書物により伝えられるすぐれた庭園に備わると言われる六勝。 [宏大(こうだい)][幽邃(ゆうすい)][人力(じんりょく)][蒼古(そうこ)][水泉(すいせん)][眺望(ちょうぼう)]の全てを兼ね備えることはできないと言われています。 「広々とした様子(宏大)を表そうとすれば、静寂と奥深さ(幽邃)が少なくなってしまう。人の手が加わったところ(人力)には、古びた趣(蒼古)が乏しい。また、滝や池など(水泉)を多くすれば、遠くを眺めることができない」 兼六園は、その六勝を全てを兼ね備えていることから、 文政5年(1822)、奥州白河藩主・松平定信によってその名を与えられました。

後楽園
後楽園は岡山藩主・池田綱政が岡山郡代官・津田永忠に命じて造らせたもので、1687年(貞享4年)に着工し14年の歳月をかけ1700年(元禄13年)に完成した。岡山市内を流れる旭川をはさみ、岡山城の対岸の中州に位置する。藩主が賓客をもてなした建物・延養亭(えんようてい)を中心とした池泉回遊式の庭園で岡山城や周辺の山を借景としている。江戸時代には延養亭を茶屋屋敷、庭園を後園または御後園と呼んでいた。1871年(明治4年)、園内を一般開放するにあたって、これを後楽園と改めた。
水戸市の他のスポット
この市区町村をすべて見る水戸城
{歴史} 水戸城は、かつて日本の城で、江戸時代には水戸徳川家の居城であり、水戸藩の政庁が置かれていました。この城は、茨城県水戸市に位置し、現在は茨城県指定の史跡となっています。特に、城内にある藩校・弘道館は国の特別史跡として重要視されています。 {見どころ} 水戸城は、那珂川と千波湖に挟まれた日本最大級の土造りの城で、堅牢な防衛線を備えていました。現在では、城内に残る土塁、堀、藩校弘道館、薬医門などがかつての面影を伝えています。また、大手門や二の丸角櫓の復元、杉山門、柵町坂下門などの歴史的モニュメントも設置され、訪れる人々にかつての城の雰囲気を感じさせてくれます。水戸城は、歴史愛好者や観光客にとって魅力的なスポットです。
茨城県近代美術館
1988年に開館した、茨城県水戸市にある県立の美術館である。 建築家・吉村順三が設計した。
水戸芸術館
1990年(平成2年)3月22日に開館した茨城県水戸市にある美術館・コンサートホール・劇場からなる現代芸術の複合施設である。
弘道館公園
茨城県水戸市三の丸にある《医学・薬学・天文学・蘭学》 など幅広い学問を採り入れた今でいう総合大学とも言える 『弘道館』は、水戸藩第9代藩主徳川斉昭公により江戸時 代の後期にあたる天保12年(1841年)8月に創設。当時の藩 校としては国内最大規模。全国各地の藩校建築に影響を与 えました。今現在敷地内は都市公園として指定され『弘道 館公園』となっています。 公園内の弘道館は《国の特別史跡》に指定。また《正庁・ 至善堂・正門》の3か所は重要文化財に指定されており、 敷地内の60種800本の梅が咲き誇る光景はとても素晴らし く梅の名所としても有名。 ★2011年3月11日発生の東日本大震災で甚大な被害を受け ましたが、1953年修復時に本体背面に施されたコンクリー トを除去。以前の姿にほぼ復元されています。
千波湖
茨城県水戸市にある面積約33.2ha。那珂川水系の湖 《千波湖》。地域の人に都会の中のオアシス的存在 として親しまれています。 湖の周回は3,000m。ほとりには《茨城県近代美術館と茨城 県立県民文化センター》がありそれらを含め《千波公園》 となっています。過去には大河ドラマ《徳川慶喜》などの イベントなどが行われたことでも有名です。 湖周辺には並木が多くあり《ジョギングや散歩のコース》 や《美術館、カフェ、ボート乗り場》などもあります。ま たデートスポットとしても知られ、休日になると多くのカ ップルが訪れます。そして子供が遊べる《アスレチック、 遊具》なども充実。子供さんも大喜び間違いなし。他にお すすめなのは《水戸の花火大会》。迫力の花火が身近で見 られます。
