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ゆかりの人物
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建長寺のある谷は、寺が建つ前は「地獄谷」と呼ばれた罪人の処刑場だったと伝えられています。禅寺では珍しく、建長寺の本尊がなのは、この谷にあった亡者を弔う小さな堂の本尊を受け継いだからです。 建長5年(1253)、鎌倉幕府5代執権の北条時頼が、宋の高僧・蘭渓道隆を開山に迎えて開きました。臨済宗建長寺派の大本山で、鎌倉五山の第一位。建長7年(1255)に鋳られた国宝の梵鐘には「建長禅寺」の文字があり、日本で初めて「禅寺」と名乗った寺とされています。伽藍は宋の五山第一・径山万寿寺(杭州)にならい、総門・三門・仏殿・法堂が一直線に並びます。 その中心にある仏殿は、じつは鎌倉で建てられたものではありません。徳川2代将軍秀忠の夫人の霊屋として江戸の増上寺に建てられ、正保4年(1647)にここへ移された建物です。仏殿の前には、蘭渓道隆が宋から持ち帰った種を植えたと伝わるビャクシンの古木が立っています。塔頭は最盛期に49院を数えました。境内の最も奥にある半僧坊から先は天園ハイキングコースへ続きます。精進料理の「建長汁」がなまって「けんちん汁」になったともいわれています。








