位置情報
詳細説明
佐渡島の相川にある、江戸時代から平成まで掘り続けられた金銀山の跡です。1601年、鶴子銀山の山師三人が鉱脈を見つけて開山し、1603年からは佐渡奉行が置かれて幕府の直轄となりました。江戸時代には日本最大の金銀山として世界有数の産出量を誇り、幕府の財政を支えています。 山の頂が二つに割れたように見える「道遊の割戸」は、この金山の象徴です。地表に現れた鉱脈を追って、跡で、江戸時代の採掘の規模をいまに伝えています。 採掘は平成元年(1989年)に鉱量の枯渇で止まり、それまでに金78トン、銀2,300トン余りを産出しました。跡地は平成6年(1994年)に国の史跡となり、令和6年(2024年)7月、「佐渡島の金山」として世界文化遺産に登録されました。江戸時代の坑道「宗太夫坑」と明治以降の「道遊坑」の二つの見学コースがあります。







