片埜神社
相撲の始まりの物語からはじまり、秀吉に大坂城の守りを託された社です。本殿は桃山建築の粋で、国の重要文化財。
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位置情報
詳細説明
この神社のはじまりは、相撲の始まりの物語につながっています。第11代垂仁天皇のころ、出雲の野見宿禰(のみのすくね)が当麻蹴速(たいまのけはや)との力くらべに勝ち、その恩賞としてこの地を賜りました。宿禰が建速須佐之男大神をまつったのが草創と伝えられ、土師(はじ)氏の鎮守とされてきました。 時代がくだって天正11年(1583年)、大坂城を築きはじめた豊臣秀吉は、この社を城の鬼門を守る社と定めます。鬼門とは、城から見てにあたる方角のこと。古くから邪気の出入りする方向と考えられてきました。以来、北河内一帯で方除けの神として敬われています。 慶長7年(1602年)には、が片桐且元を総奉行として、本殿や南門を造営させました。・檜皮葺の本殿は、朱の漆に彩られた桃山建築の粋で、大正6年(1917年)に国の重要文化財に指定されています。四方の蟇股(かえるまた)には「竹に虎」「芙蓉に千鳥」といった彫刻が施され、平成21年からの修理で檜皮葺と彩色がよみがえりました。 天下人が城の守りを託した社が、いまは住宅地のなかに静かに建っています。
知って使える知識
- 第29代継体天皇のころに「片埜神社」の社名を賜り、平安時代の末には「一之宮」と呼ばれて交野郡の氏神とされました。
- 大坂城の守りを託された社なので、いまも鬼門除けの授与品や、鬼の面をあしらった御朱印が知られています。

