意賀美神社
千年続いた寺が消えた丘に、古墳と梅林と秀吉の御殿跡が並んでいます。淀川を見おろす万年寺山の社。
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位置情報
詳細説明
淀川ぞいに突き出た万年寺山の上に、この社は建っています。旧枚方宿の町並みを見おろし、摂津や丹波の山なみまで見わたせる丘です。 丘の名は、かつてここにあった万年寺に由来します。推古天皇の時代、から渡ってきた僧・恵灌(えかん)が、この地の眺めが唐の林岸江に似ているとして草庵を営んだのがはじまりと伝えられます。寺は一千年余りにわたって法灯を伝え、夕暮れを告げる鐘の音は人びとに親しまれました。けれども明治のによって廃寺となり、仏像などは三矢の浄念寺へ移されます。千年続いた寺は、こうして丘から消えました。 いま同じ丘には、いくつもの時代が並んでいます。境内には古墳時代前期の万年寺山古墳があり、が8面出土しました。春には紅白の梅が咲きそろい、梅の名所として知られます。梅林の西へ歩けば、豊臣秀吉が建てた御茶屋御殿の跡が展望広場になっています。 寺は消えましたが、丘は残りました。「万年寺山の緑陰」として枚方八景のひとつに数えられています。
知って使える知識
- 資料室には、数学の絵馬「算額(さんがく)」が保管されています。数学者の岩田清庸が療養のため当地に滞在し、病が癒えた礼に文久元年(1861年)に奉納したものです。

