枚方宿鍵屋資料館
東海道は五十三次では終わりません。大坂までの宿場を数えると五十七次あり、枚方はその中にあります。
タグ
位置情報
詳細説明
東海道は五十三次と習いますが、じつはその先があります。京都から大坂までを結ぶ京街道の宿場を加えて五十七次と数えることがあり、枚方宿は品川から番目にあたる宿場町でした。東西およそ1.5キロメートルの町並みが街道にそって続いていました。 枚方はもうひとつ、川の宿場でもありました。京都の伏見と大坂を三十石船が行き来し、枚方はその中継の港として賑わったのです。鍵屋は、その船を待つ人たちが泊まる宿でした。川の上では、船に近づいて酒や食べ物を売る小舟が客に声をかけます。と呼ばれたその舟は、枚方の賑わいそのものとして知られました。 鍵屋は宿をやめたあとも料亭として営業を続け、平成9年(1997年)まで暖簾を守りました。市が寄贈を受けて主屋を解体復原し、平成13年(2001年)7月3日、市立の資料館として開館します。昭和のはじめに建てられた別棟は、令和5年(2023年)に国の登録有形文化財となりました。 船を待つ人が泊まり、料理を食べ、やがて資料館になった建物です。淀川の水運が枚方に何をもたらしたのかを、そのまま残った座敷で感じ取ることができます。
知って使える知識
- この道のもとは「文禄堤」です。豊臣秀吉が毛利輝元らに命じ、京都と大坂を最短で結ぶ陸路として淀川の左岸に築かせた堤が、そのまま街道になりました。
- 三十石船は京都の伏見港と大阪・天満の八軒家浜を往来し、安藤広重の浮世絵にも描かれました。
- いまも八軒家浜と枚方のあいだで観光船が運航しています。船から枚方を見ると、当時の人の目線に近づけます。

