郵便屋の渡し跡の碑
郵便が船で淀川を渡っていたころ。その渡し場の跡です。
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位置情報
詳細説明
郵便が、船で川を渡っていた時代がありました。 明治9年(1876年)、淀川の向こう岸に鉄道が通ります。北河内に集まった郵便物は、対岸のまで運んで汽車に乗せなければなりません。ところが、当時の淀川に橋はありませんでした。そこで使われたのが枚方の渡し舟です。この渡しは、いつしか郵便屋の渡しと呼ばれるようになりました。 郵便は毎日出ます。つまりこの渡しは、旅人や荷物のついでではなく、手紙のために毎日淀川を往復していたことになります。 役目が終わったのは昭和5年(1930年)。です。明治のはじめに生まれ、昭和のはじめに消えた、五十年あまりの渡しでした。 いま堤防の上に残っているのは、跡を示す碑だけです。すぐ並びには、明治18年の大洪水を伝える碑も立っています。川を渡る苦労と、川があふれる怖さ。この堤防には、淀川と暮らした二つの記憶が並んでいます。

