中宮平和ロード
枚方市の「平和の日」は3月1日。その理由が、この遊歩道の下にあります。
位置情報
詳細説明
枚方市の「平和の日」は、8月15日でも8月6日でもありません。3月1日です。 昭和14年(1939年)3月1日の午後2時45分、陸軍の禁野火薬庫で、第15号倉庫でのの最中に火が出ました。火は中の弾薬に燃え移り、大爆発が起こります。爆発は午後7時までに29回を数え、火が収まったのは3月3日のことでした。死者94人、負傷者602人。家屋の全半壊は821戸、被災した世帯は4425に上ります。戦場ではなく、町のただ中で起きたことです。 平成元年(1989年)、枚方市はこの日を「枚方市平和の日」と定めました。 そして平成3年(1991年)、市はもうひとつのものを残します。禁野火薬庫や枚方製造所から砲弾を運び出していたを、「中宮平和ロード」として整備したのです。津田駅から中宮本町を経て中宮西之町まで、およそ600メートル。SL形のトンネルや軍用電柱が保存されています。 いまは住宅地のあいだを抜ける、ふつうの遊歩道に見えます。けれども不自然にまっすぐで、幅が一定なのは、ここを砲弾が通っていたからです。歩いている道そのものが、資料館なのだと言えます。
