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楠葉台場跡

砲台の中を街道が通っていました。京都を守る大砲と、人を検める関所を、幕府はひとつの施設に同居させました。

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基本情報

位置情報

緯度: 34.876397
経度: 135.681459
この場所の最短記録: 85m(Bonbon)

詳細説明

幕末の淀川のほとりに、洋式の砲台が築かれました。外国の脅威と尊皇攘夷派の動きから京都を守るため、京都守護職だったの建言にもとづいて、江戸幕府が慶応元年(1865年)につくったものです。 用いられたのはと呼ばれる西洋の築城技術でした。壁の外側に突き出た部分をもうけることで大砲の死角をなくし、正面から攻めてきた敵を両側から挟み撃ちにできる形です。日本の城の縄張りとはまったく考え方が違います。 この台場がとりわけ変わっているのは、京都と大坂を結ぶを台場の内側に引き込み、関門をかねさせたことでした。大砲をそなえた軍事の施設でありながら、行き交う人と荷物をあらためる関所でもあったのです。京都へ向かう者を、幕府はここで見張ろうとしました。 いまは国の史跡に指定され、土塁や堀のかたちが残っています。淀川ぞいの静かな一角ですが、幕末の京都をめぐる緊張が、そのまま地面に刻まれた場所です。

知って使える知識

  • 土塁と堀に囲まれた敷地は約38,000平方メートル。甲子園球場と同じくらいの広さでした。
  • 大砲をすえる台座が3か所あり、見張りの番所と火薬庫もそなえていました。
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