平城京左京三条二坊宮跡庭園
位置情報
「国の特別史跡をめぐる ─ 全国66件」の他のスポット
このテーマをすべて見る大阪城
「大阪城といえば秀吉の城」と思って訪れると、じつは地上で秀吉の石垣を一つも見ないまま帰ることになります。 天正11年(1583年)、豊臣秀吉はというお寺の跡地に、城を築きはじめました。大阪平野の中央を南北にのびる上町台地、その北のはしにあたる場所です。 けれどもこの城は、慶長20年(1615年)ので焼け落ちてしまいま…

姫路城
兵庫県姫路市(播磨国飾東郡姫路)にあった城。別名・白鷺城(はくろじょう・しらさぎじょう。詳しくは名称の由来と別名を参照)。江戸時代初期に建てられた天守や櫓等の主要建築物が現存し、建築物は国宝や重要文化財、城跡は国の特別史跡に指定されているほか、ユネスコの世界遺産に登録されている。

厳島(宮島)
瀬戸内海の西部、広島湾に浮かぶ島です。厳島が島の名で、宮島、安芸の宮島とも呼ばれます。 江戸時代のはじめ、儒学者のが『日本国事跡考』の中で、陸奥の松島・丹後の天橋立とともに、この安芸の厳島を「三処奇観」として挙げました。これが日本三景のはじまりとされています。 島の北側の入り江には、海に建つ嚴島神社があります。推古天…
五稜郭
五稜郭とは、江戸時代末期幕府により、蝦夷地の箱館府(現在の北海道函館市)に建造された星形の城郭です。北方防備のためですが、独特の星形は、15世紀半ば以降にイタリアで見られるようになった形式です。火砲の普及とともに、それまでの城壁では攻撃を防ぎきれなくなったため、三角形の出っ張りを造り、互いに防御や攻撃をカバーできるよ…
江戸城
江戸時代においては江城(こうじょう)という呼び名が一般的だったと言われ、また千代田城(ちよだじょう)とも呼ばれる。 江戸城は麹町台地の東端に、扇谷上杉氏の家臣太田道灌が築いた平山城である。近世に徳川氏によって段階的に改修された結果、総構周囲約4里と、日本最大の面積の城郭になった。
名古屋城
「尾張名古屋は城で持つ」と詠われるように、名古屋城は尾張の象徴とされてきた。 なんと言っても、名古屋城で有名なのが天守閣の「金の鯱」。 「金の鯱」徳川家の権力と財力を象徴しており、 大阪の豊臣家に対して徳川家の財力を見せつける意図もあったと言われている。 本体は、型どられた木の周りに金板を貼り付けてあり、 雄はウロコ…
奈良市の他のスポット
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興福寺
奈良県奈良市登大路町(のぼりおおじちょう)にある、南都六宗の一つ、法相宗の大本山の寺院です。1998年に「古都奈良の文化財」の遺産群の1つとして、世界文化遺産に登録されました。 藤原氏の祖・藤原鎌足(中臣鎌足)の妻が夫の病気平癒を願い建立したのが始まりです。当初は「山階寺(やましなでら)」の名称で山科(現在の京都市山…

東大寺
東大寺は、「奈良の大仏」として有名な盧舎那仏(るしゃなぶつ)を本尊とするお寺です。別名、金光明四天王護国之寺とも呼ばれています。 728年、聖武天皇が皇太子を供養するために建立した金鍾山寺(きんしょうさんじ)が東大寺の始まりです。741年に「各国に国分寺と国分尼寺を建立するように」との天皇からの勅令が発せられると、金…
奈良公園
鹿と触れ合うなら、奈良公園がおすすめ。 手提げの荷物はなるべく高い位置にキープして、服の裾やリュックの紐などに注意を払いながら、鹿せんべいをあげてみましょう。 焦らしは禁物。せんべいを鹿の口元に寄せて、良い写真が撮れたらすぐに手を放してください。また、せんべいがなくなったら、両手を広げて「もうないよ」とアピールするこ…
奈良国立博物館
仏教美術を中心とした文化財の収集、保管、研究、展示を行うとともに、講演会や出版活動などを通じた普及活動を行うことを主たる活動内容としている。展示施設は本館、本館付属棟、東新館、西新館、地下回廊がある。このうち本館は、赤坂離宮(迎賓館)などを手がけた宮廷建築家・片山東熊の設計により1894年(明治27年)竣工したもので…
春日大社
春日大社は、御蓋山(みかさやま)の西麓にある神社です。1998年に「古都奈良の文化財」の遺産群の1つとして、世界文化遺産に登録されました。 710年の平城京遷都に合わせて、藤原氏が鹿島の武甕槌命を勧請。768年に称徳天皇の勅命で、武甕槌命に加えて経津主命・天児屋根命・比売神の社殿を造営したのが始まりと伝わっています。…

元興寺
元興寺は、興福寺から500mほど離れたところにある寺院です。1998年に「古都奈良の文化財」の遺産群の1つとして、世界文化遺産に登録されました。 前身は583年に蘇我馬子が飛鳥(現在の奈良県明日香村が中心地)に氏寺として建立した「法興寺(飛鳥寺)」。日本で初めて本格的な伽藍配置がされた寺院でした。710年に都が平城京…
