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元興寺

ならまち全体が境内だった大寺。屋根には飛鳥時代の瓦が現役

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位置情報

緯度: 34.677803
経度: 135.831356

詳細説明

ならまちの民家に囲まれた小さな境内。この元興寺が、かつては「ならまち」と呼ばれる一帯の大半を占める大寺だったと聞いて驚く人は多いでしょう。 前身は崇峻元年(588)、が飛鳥に造営を始めた法興寺(飛鳥寺)で、日本で最初の本格的な伽藍を備えた寺でした。養老2年(718)、平城遷都に伴って平城京の外京に移され、「仏法元興の場、聖教最初の地」の言葉から元興寺と名付けられたとされます。一族の氏寺から国の官大寺へと性格を変え、南都七大寺の一つに数えられました。飛鳥に残った寺は本元興寺として続いています。 平安時代以降、中心の伽藍は衰えましたが、12世紀ごろから「極楽坊」と呼ばれた僧房の一角が浄土教の念仏道場として庶民の信仰を集めました。国宝の極楽堂と禅室は、奈良時代の僧房を鎌倉時代に改造した建物です。その屋根を見上げてください。極楽堂の北側と西側、禅室の南側の一部には、丸瓦と平瓦が重なり合う古い葺き方の瓦が残り、飛鳥時代の法興寺創建期からの瓦が今も現役で使われています。 法輪館に安置された国宝の五重小塔は高さ約5.5メートル。模型ではなく内部まで本物の塔として造られているため、美術品ではなくとして国宝に指定されています。真言律宗の寺院で、世界遺産「古都奈良の文化財」の一つです。

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