禁野車塚古墳
奈良・桜井のあの古墳と、墳丘のかたちがよく似ています。4世紀前半のものです。
位置情報
詳細説明
天野川を見おろす段丘のへりに、細長い丘があります。です。北へ3キロほどの牧野にも同じ「車塚」の名を持つ古墳があり、枚方にはこの二つが残っています。 墳丘は二段に築かれ、主軸はほぼ東西。全長120メートル、後円部の直径63メートル、前方部の幅55メートル。後円部の高さは9メートルあるのに、前方部は3.4メートルしかありません。前と後ろでこれだけ高さが違うのは、古い時代の古墳の特徴です。 近年の測量調査で、この墳丘のかたちが、奈良県桜井市のとよく似ていることが分かりました。築かれたのは古墳時代前期前半、4世紀前半と考えられています。 昭和47年(1972年)に国の史跡に指定され、平成19年(2007年)には、発掘で広がりが確認された後円部の南東部分が追加で指定されました。 北へ1キロあまりのところにある禁野本町遺跡は、奈良時代の計画都市の跡で、その上に昭和の火薬庫が重なっています。この古墳はそれより400年ほど古い。同じ段丘のへりに、時代の違う人の営みが層になって並んでいます。
