正俊寺
寺より三百年古い石の塔が、境内に立っています。よそから運ばれてきたものです。
位置情報
詳細説明
長尾の丘にある曹洞宗の寺です。江戸時代にこのあたりを領した久貝正俊が亡くなったあと、子の正世が父を弔うために建てた菩提寺でした。建てられたのは17世紀の半ばです。 境内に、石造の十三重塔が立っています。高さおよそ4.36メートル。風化が進んで表面は荒れていますが、軸の部分に「嘉暦二年」――西暦1327年の年号が刻まれています。鎌倉時代の塔です。 寺ができたのが17世紀半ば、塔が造られたのが14世紀前半。三百年以上の開きがあります。つまりこの塔は、この寺のために造られたものではありません。久貝家の領地だった讃良郡中野村、いまのにあった正法寺から、本尊の釈迦如来坐像とともに移されてきたものです。 昭和45年(1970年)2月20日、大阪府の指定文化財になりました。 木の建物は動きませんが、石の塔は動きます。持ち主が変われば運ばれ、寺が絶えれば別の寺へ移される。この塔が七百年のあいだ立ちつづけていられたのは、そのたびに誰かが運んだからです。
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