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釈尊寺

京都・嵯峨の釈迦如来をまねた像です。まねる理由が、この仏にはありました。

基本情報

大阪府枚方市釈尊寺町1−10

位置情報

緯度: 34.789190
経度: 135.666010

詳細説明

釈尊寺町という町名は、この寺から来ています。その本堂に、大阪府の指定文化財である木造釈迦如来立像が立っています。 この像には、はっきりした手本があります。京都・嵯峨の清凉寺の本尊、釈迦如来立像です。渦を巻く髪、両肩を覆って同心円のひだを描く衣――ひと目で分かる独特の姿をしていて、これをまねた一群をと呼びます。 なぜ、まねられたのか。清凉寺のその像は、東大寺の僧が宋の国で現地の仏師に彫らせ、永延元年(987年)に日本へ持ち帰ったものでした。インドの優填王(うでんおう)が釈迦の生き姿を写させた像を、さらに写したものだと伝えられていました。つまり「釈迦その人の姿」に最も近い像、ということになる。だから鎌倉時代に、各地で盛んに模刻されたのです。 釈尊寺の像は、その模刻のなかでも出来のよいものとされています。檜(ひのき)の寄木造で、像高167センチ、光背などを含めた総高は242センチ。鎌倉時代の初めごろの作と考えられています。昭和45年(1970年)12月7日、大阪府の指定文化財になりました。 「本物に似せる」ことが価値になる仏像です。オリジナルであることより、正しく写していることが尊ばれた。仏像の見方が一つ増えます。

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