無量光院は、藤原秀衡が京都の平等院を模して建立した寺院であった。当時は平等院の規模をも上回る煌びやかな寺院であったが、度重なる火災で焼失し、今日では土塁や礎石が残るのみである。
地上に見えるのは、じつは徳川の城です。秀吉が築いた石垣は今も地下に眠り、天守閣は…
兵庫県姫路市(播磨国飾東郡姫路)にあった城。別名・白鷺城(はくろじょう・しらさぎ…
島の名は厳島。宮島という呼び名のほうが、広く知られています。
戊辰戦争の最期の激戦地、北の大地に夢を託した男たちが散って行った城
江戸時代においては江城(こうじょう)という呼び名が一般的だったと言われ、また千代…
第二次世界大戦で消失。多くの憂き目に遭いながらも、今なお輝き続ける「金の鯱」を有…
中尊寺(ちゅうそんじ)は、岩手県西磐井郡平泉町にある天台宗東北大本山の寺院。奥州…
岩手県西磐井郡平泉町にある天台宗の寺院。開山は円仁(慈覚大師)と伝える。平泉中尊…
毛越寺に隣接している。1189年(文治5年)以後は荒廃し、水田となっていた。数少…
中尊寺と毛越寺のほぼ中間に位置する、都市平泉の空間設計の基準となった信仰の山であ…
奥州藤原氏の栄枯盛衰を知る
世界文化遺産『国宝第1 号』に指定されている仏堂。