太陽の塔
万博が終われば取り壊されるはずでした。残ったのは、保存を求める署名を集めた人たちがいたからです。
位置情報
詳細説明
「万博のシンボル」として知られていますが、じつは閉幕後にされる予定の建物でした。 1970年に吹田市で開かれた日本万国博覧会で、芸術家・岡本太郎のデザインにより、テーマ館の一部として建てられました。頂部の「黄金の顔」は未来、正面の「太陽の顔」は現在、背面の「黒い太陽」は過去を表しています。塔の内部には「生命の樹」と呼ばれる巨大な造形が立ち、をテーマに、万博当時は292体の生物模型が枝に取り付けられていました。 閉幕後、この塔には保存を求める署名運動が起こり、1975年に永久保存が決まりました。ただし内部は長いあいだ非公開のままでした。耐震補強と内部の改修を経て、2018年3月から内部の一般公開が始まり、生命の樹をふたたび見られるようになりました。 このとき、万博当時はテーマ館の地下にあった第4の顔「地底の太陽」も復元されました。復元しなければならなかったのは、もとの地底の太陽が閉幕後にからです。 2020年に国の登録有形文化財となり、2025年8月には重要文化財に指定されました。
知って使える知識
- 万博の来場者は183日間で6,421万8,770人。1日の最多は9月5日の83万6千人でした。
- 内部再生の費用には寄付が募られ、2,375件・約1億5,700万円が集まって目標の1億円を超えました。
- 塔の高さは、公式サイトでは「約70メートル」、万博記念公園のサイトでは「約71メートル」と、資料によって書き方が違います。
