位置情報
詳細説明
大阪七福神のうち、弁財天をまつるのが島之内の法案寺(ほうあんじ)です。寺の名に添えられた「南坊(なんぼう)」は、この寺がかつての神宮寺であったころの呼び名で、いまもそのまま使われています。 寺伝では、聖徳太子が志宜野(いまの城東区鴫野のあたり)に建てたのが始まりとされ、山号の「志宜山」はこの地名から、寺号の「法案寺」は仏法を広めるための「公案」を行ったことから付いたと伝えられています。豊臣秀吉が大坂城を築いたとき、寺は神社とともに移され、明治の神仏分離ののちに、いまの島之内へ移ってきました。 昭和20年(1945)の大阪大空襲で堂は焼けましたが、戦後に再建されています。寺には平安時代の木造聖観音立像が伝わり、国の重要文化財に指定されています。

