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詳細説明
東福寺の北隣にある塔頭で、かつては京都五山の第五位に数えられた寺です。いまは内部が公開されておらず、外から塀と門を見るだけになります。 起源は平安時代にさかのぼると伝えられます。永長元年(1096年)に白河上皇の皇女 郁芳門院が若くして亡くなり、上皇がその菩提を弔うために六条内裏に建てた六条御堂が始まりとされています。のちに禅寺となり、室町時代の1386年に五山の制度が整えられたときに第五位に列しました。現在は東福寺の塔頭となっています。鐘楼は国の重要文化財です。
東福寺の北隣にある塔頭で、かつては京都五山の第五位に数えられた寺です。いまは内部が公開されておらず、外から塀と門を見るだけになります。 起源は平安時代にさかのぼると伝えられます。永長元年(1096年)に白河上皇の皇女 郁芳門院が若くして亡くなり、上皇がその菩提を弔うために六条内裏に建てた六条御堂が始まりとされています。のちに禅寺となり、室町時代の1386年に五山の制度が整えられたときに第五位に列しました。現在は東福寺の塔頭となっています。鐘楼は国の重要文化財です。